兄とは、自分の母の前夫の息子で自分とは一回り歳が離れている。叔母は、実は自分の父の許婚であったらしく、母が前夫との結婚時代に結核で入院した際の主治医が自分の父で、母は「この先生、いい先生だわ💛」と当時まだ独身であった叔母に父を紹介して、父と叔母は付き合っていたらしい。何年続いたのかは知らないが、その後父は結局叔母との付き合いを断つべく当時大阪の祖父母の実家に頭を下げに行ったと聞いた。
そしてその後母は前夫と離婚をしたわけだが、うちの父との交流は続いていたらしく後に再婚して私が生まれたというわけ。母は離婚した後、たぶん向こうの実家が手放さなかったせいだろうが兄を引き取ることはできず、その後ずっと死ぬ間際まで会うことは叶わなかった。
兄と母の間は以前の夫の叔父叔母達が仲介し近況報告などをしてくれて、互いの動向は判っていたらしいが、何も知らないのは自分と妹だけ。私たち二人は母が再婚だという事も知らず今世紀を迎えてしまった。自分は父が死んだ今世紀初めの年、叔母に呼ばれ母が再婚で兄が居ることを知った。どおりでこの叔母は昔から自分と接するとき何かトゲを感じてきたし、今は亡き母とはいつも喧嘩していて阪神淡路大震災の時まで音信不通でいた。
この叔母が大変気が強い人で、その青春時代?の父との失恋の苦い記憶と母への憎さと相まってその恨みが今までの自分を支えてきたと言い切っている。父が交際を断ち切ったのも当然であろうと自分は思えるのだが、叔母は今回兄との喧嘩を理由に呼んだ自分に「恋の恨みは一生なのよ!」と言い切った。94のおばあさんがこのようなことを言うのに何か感心した自分は、思わず彼女の顔を覗き込んで「よっぽど●●さん(自分の父)のこと、好きだったんだねぇ」と言うと、彼女「そんなこと、言わない!」だと。この人、娘にも縁切られて今は天蓋孤独の人なのだが、なんか可愛いばあさんだ。
兄も上記の叔父たちから近況報告は受けていたが、五歳の時別れた母の事はどうしても赦せず母がホームに入ってもうそろそろの命という時に、叔父に相当言われて母の所に面会に来てくれたのだ。
そういう二人が、母の死後再び出会って兄はときどき叔母の家まで訪問していたのだから、どういう話をしていたのか想像するに難くない。
その二人が大喧嘩をして、自分が間に入っているのは、なんかおかしいとおもわないかい?
